さくらだエッセイNo.5

2006.5.17 日本語を外国語として捉えることの大切さ

 いろいろ書きたいことがあるんです。
 実は、今日、台風先生が来まして、これまでブログに書いたことを見せ、それからさらに講義を受けました。

台風先生「そうだねえ、だいたいボクの思うとおりなんだけどね、一番、言いたいことが抜けてるよ」
サク「それって何ですか?」
台風先生「ボクたちってさ、言葉を種類分けするとき、名詞とか動詞とか、形容詞とかいうでしょ? あれってさ、日本語に当てはまらないって知ってた?」
サク「え? え? どういうこと??」

 たぶんこれは私だけに限らないことだけど、言葉を種類分けするとき、どうしても「名詞」「動詞」「形容詞」「代名詞」「疑問詞」などという言葉を使います。
 台風先生は、これらの言葉が日本語には使えないと言うんです。

台風先生「これらの言葉はね、明治時代にその頃の学者が、英語をはじめとする外国語を理解しようと一生懸命作った言葉なんだよ」
サク「外国語を理解するために作った言葉?」
台風先生「そう。だから日本語に当てはめようとすると無理が出る」
サク「つまり、日本語を『名詞』とか『動詞』とか『形容詞』とかにするのは難しい?」
台風先生「ナンセンスだね。……でもね、普通の人はやっぱりこういう言葉に囚われてしまうんだ。日本語を教える立場の人も同じでね、それで『形容動詞』とかいう訳の分からない言葉を作った」
サク「それでさ、この前から『Nominal』みたいな変な英語が出てくるんだね」
台風先生「そうだよ。それしか言いようがないんだよ。……日本人が日本語を教えようとすると、明治時代の学者が作った『名詞』とかいう言葉の世界から離れられなくなっちゃってね、それで論理的でなくなってしまうんだ。つまりね、外国人には分かりにくくなったり、全てを説明できなくなったりする」
サク「でも、台風先生のやり方だとそうじゃない。全てが論理的になっているってこと?」
台風先生「そうだよ。(自信満々で)ボクのやり方なら100%説明できる。全てすっきり論理的に説明して、その証明までできる!」

 というわけで、台風先生は大変な自信です。
 それからいろいろと話を聞いたのですが、私からの質問がどんなことであろうと台風先生は様々な理論を駆使して説明し、さらにその証明までしてくれました。何だか、不思議なくらい論理的な解説です。

 でもって、今日の結論ですけど、台風先生がこのブログを読んでこんな風に言うんです。
台風先生「ボクが書くのと違って、サクちゃんが書くとさすがに読みやすいなあ。これなら教科書以外に、日本語文法とか日本語教授法をテーマに共著で何か面白いものが書き上がるかもしれないね。……たださ、もう少し整理した方がいい。どんな順番で書くのかとか、それが本当に正しい情報なのかね」
サク「もっともでございます!! 何せ、本当に行き当たりばったり、自分勝手な解釈で書いてるもんね!」
 で台風先生の提案で、このブログにはとりあえず、文法的な詳しい内容を載せることを注視することにしました。

今日のまとめ
・日本語は外国語として捉えなければいけない。
・『名詞』とか『動詞』とかいう品詞の名前は、外国語を理解するために明治時代の学者が作った。よって、それを日本語に当てはめようとするのはナンセンス。
・台風先生のやり方は、日本語を外国語として捉え、無理にいわゆる『品詞』の枠にはめようとしていないので、正確である。
・よって台風先生のやり方なら、日本語を100%ロジカルに説明し、その証明まですることができる。
・台風先生はこのエッセイが気に入った。しかし、もっと正確な情報を分かりやすい順番で書いた方がいいと思っている。
・よって文法的な内容について書くことを中止する。