さくらだエッセイNo.11

2006.6.18 新たなる展開

 台風先生の講義は続きます。かなり具体化してきまして、例えば台風先生の理論にちゃんと名前を付けるべきだとの話で、適当な名前を考えています。まさか台風理論っていうわけにはいきません。もっと重みがあって、その理論の内容がパッと分かるものでなければなりません。

台風先生「ボクの理論はね、システマティックなんだよ。分析がきちんとできていて、最小限の理屈で全てをすっきりと説明しているんだ」

 というわけで、私自身の考えでは、ミニマム(最小限)とかシステムとかがその名前に入るべきだと思っています。それが外国人にとって日本語を簡単に、しかも早く身に付ける方法だからです。

 初級段階だけですが、何がどうなっているのか、だんだんと見えてきました。
 実は今日も台風先生の講義を午前10時から午後4時まで受けてきました。毎週水曜日のは、台風先生と私の二人きりですが今日は違います。他にも台風先生の日本語教授法を習いに来ている人がいるわけです。今日はその第二回目でしたが、私にとっては既に水曜日に聞いていることが多いので、その分、冷静に考えることができました。
 何だかんだと、私も日本語教授法とか日本語文法についての知識が増えてきましたが、やっぱり台風理論は分かりやすいです。複雑な日本語決まりがいくつかの基本理論で説明することができます。

 一つ例を挙げますが、助詞の「は」と「が」の違いをどんな風に捉えればいいと思いますか?

1 私は先生です。
2 私が先生です。

 いろいろな本に出ていますが、一般的に考えて、2の方が1に比べて、「私が」先生であることを強調しているように思えます。つまり、他の人ではなく私が先生であることを、この文では主張してるんです。

 となると、この二つのうち、どちらが一般的な文かを考えたとしたら、当然、答は1になると思いますが、いかがでしょうか?
 まず1の「私は先生です」という文があって、その中の「私」を強調するために、助詞「は」を「が」に入れ替えて2の文を作ったというのが、ごく普通に私たち日本人が考えるやり方だと思います。

 でも面白いことに、これが台風理論では違うんですよね!

 台風理論では、まず2の「私が先生です」がまずあって、その中で使われている助詞「が」が「は」に入れ替わって1の「私は先生です」ができると考えます。
 なぜなら、「が」は主語に対してしか使えないのに対し、「は」は主語以外にも使えるからです。

 だいたい日本語の助詞っていうのは、外国人に分かりにくい言葉です。
 で助詞の役割を台風理論ではこう考えます。

 助詞とは述語に対して、そのセグメント(一つの区切りと考えればいいです)がどんな役割を果たしているかを表すラベルである

 つまりね、「が」の前には主語が来るし、移動に関する動詞のあとに来る「に」または「へ」は行き先や目的を示します。普通「で」はその動作が起こる場所か方法を示し、「に」はその動作が起こる時か動作の相手(二次的な目的語)を示します。……まあ、いろいろあるけれど、基本的に助詞はそういう風にできていると規定します。
 ただ、そういった助詞=Primary Particle(第1選択助詞)に対し、付加的な意味をつける助詞=Secondary Particle(第2選択助詞)があって、その第2助詞の中にさっき話題にした「は」が入ってくるんです。

Primary Particle(第1選択助詞)
 が を に へ で と から まで までに
Secondary Paritcle(第2選択助詞)
 は も だけ しか さえ

 でね、Secondary Particle(第2選択助詞)っていうのは、Primary Particle(第1選択助詞)のところに入るんだけど、Primary Particle(第1選択助詞)の種類によって、それを消してしまったりそのままくっつりたりという動作をする。

 最初の例だとこうなる。

 私が先生です。 → 私は先生です。

 で、助詞「は」はSecondary Particle(第2選択助詞)だから、他の所にも入り込むことができます。
 例えば
 東京に私が行きます。 → 東京に私が行きます。
 弟と私が行きます。 → 弟と私が行きます。
 夕食を私が料理します。 → 夕食私が料理します。

 実は、Secondary Particle(第2助詞)がくっついたとき、消えてしまうPrimary Particle(第1助詞)って、主語を表す「が」と目的語を表す「を」だけなんですけど、この辺りの理論もちゃんとあるわけです。

 いやあ、やってみて分かりましたけど、文法を文章で表すのは至難の業。たぶん図が入るとずっと分かりやすくなるんでしょうね。
 でね、台風理論だと、「は」と「が」の違いを含めて、助詞に関することがすっきりとおさまってしまう。
 私は思うんですけど、相手は外国人です。ちょっとした意味合いやニュアンスの違いで助詞を説明するのはナンセンスじゃないでしょうか。
 ついつい、「が」だとね、〜〜〜という意味になって、「は」だと〜〜〜っていう感じになる、ってな具合に説明したくなるけれど、外国人はそんなことどうでもいいと思うんです。もっとはっきりすっきり理屈で教えてくれた方がいい。
 だって意味のちょっとした違いまで踏み込んで考えるほど、その言語のこと知らないんですから。たぶん気になるのはその言語を母国語とする人たち(ここでは日本人)だけなんじゃないかと思うんです。
 その点、台風理論は気持ち悪いくらい、スパッとやります。ちょっと日本人の心を踏みにじるところあると思います。

 話はここでガラッと変わるんですが、実は先週、新たなる展開がありました。

 なんと、この夏、私こと、櫻田はアメリカに行きます。アメリカに行って、台風先生が大学で教えているところを見に行きます。で、日本語の教科書作りに本格的に取り組みます。
 どうです? すごいっしょ?


今日のまとめ
・サク(私)は台風理論に名前を付けようとしている。
・台風理論は最小限のシステムとして日本語を捉えようとしている。
・例として助詞のことを挙げると、台風理論では助詞によってどんな意味を持つかよりも、助詞がくっついた言葉が助詞によって文法上のどんな役割を持つかを重視している。
・台風先生のやり方は、外国人にとって分かりやすいかどうかを重視している。そのため、意味のことを考えやすい日本人にとっては少し受け入れられがたい部分がある。
・サク(私)は、この夏、台風先生の授業を見にアメリカに行くことにした。(実は仕事のついでであることは、秘密)