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JUMPsystem主催者 鈴木明氏が語る
Japanese Unique Minimum-rules Pedagogical System
僕は1975年から日本語を教えはじめたわけだが、その頃の僕は当然のことながら、「日本語教授法」等が存在しているという事は、これっぽっちも知らなかったし、ネーティブスピーカーだったら、誰でも教えられるものだと思っていた。
たまたまジャズドラムをしていた事もあって、音楽的耳、即ち、音の違いには、非常に敏感だったこと、また、恥ずかしがり屋(?)でありながら、一旦教壇に立つと結構エンターテイナーになりきれるという性格もあったせいか、生徒にはとても受けが良かった。
では、何が足りなかったというと、「分からない事が分からない」という最悪の先生だったと言える。
今でもその当時の事を思い出すと、生徒達には、まこと申し訳ないことをしたと思っているし、穴があったら入りたい気分だ。
つまり、私も他の多くの日本人の日本語教師が歩んできた道を歩んで来たわけなのである。
リッチモンド大学の僕の助手の一人だったF. Mさんから「人間というのは一生のうちに3人の人に自分の人生を変えてしまうほどの影響を受けるものだ」という言葉を聞いたが、僕にもそのような影響を与えた人物がいる。
その人の名はエレナー・ジョーダン先生。アメリカ人の日本語研究者、日本語教師である。
僕は女史と会わなかったら、今の自分はなかったと、今でも思っている。
では、女史はどんな事を僕に教えたのか?
・自分が体験しながら構築した文法知識で文法分析しても所詮、自分の既得した物から脱出できない。
・学生時代に学んだ国語文法は、一つの文法理論であって唯一の文法理論ではない。特にその文法解析は外国人から見た日本語文法とはだいぶ違う。
・文法理論を述べるときに、理路整然と論理的に分析できるものは、できるだけそうしてあげた方が、外国人の学習者に取って分かり易いものだ。
・日本語の文法の根幹となるものを述べるときには、最大公約数まで分析し、「ミニマムのルール」で教え与えるべきだ。
・日本語を教えるという事は、他の教科を教えると同じように、専門知識とスキルの両方を持っていないといけない。
以上のように、日本語を教えるということは、ネイティブならば誰でも教えられると考えるのは全くの間違いであり、普通に考えるよりははるかに難しいことなのである。
よって、その難しさが分かったときにはじめて日本語の教師としてのスタートラインにつけたと言ってもいいのではないか。
エレナー・ジョーダン先生は、僕にプロの日本語教師としての自覚を持たせてくれたような気がしている。
僕は決して世界一の日本語教師だとは思っていない。
だが、これまでネイティブスピーカーというだけで日本語教師になってから現在に至るまでに得た「伸びしろ」の部分を、真剣に日本語教師になろうとしている人達、そして今の知識を別の視点でも見てみようと思っている全ての皆さんにあげちゃおうという気持ちで一杯でいる。

2006年7月 JUMPsystem主催者 |
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